ウィリアム・ワイオンとは?世界一美しいイギリス金貨「ウナライオン」の彫刻師

2020/9/24|著者: アンティークコインタイムズ編集部

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日常的に手にする紙幣やコイン、そのデザインをじっくりとご覧になったことがあるでしょうか。あの小さなコインにさまざまな事象をデザイン化して刻む作業は、実は芸術に属する分野なのです。歴史の中には、コインのデザイナーとして名を残す人々が存在します。イギリスにおけるその筆頭が、ウィリアム・ワイオンです。

彼の手から生まれたコインは、一頭地を抜く美しさでコレクターの垂涎の的になっています。今日は、そのウィリアム・ワイオンについて詳しくご紹介しましょう。

 

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ウィリアム・ワイオンの家系とコインのデザイン

コインデザインの分野において、燦然と輝く業績を残したウィリアム・ワイオン。しかし、彼の存在は一代で築かれたわけではありませんでした。ウィリアム・ワイオンには、数代にわたって伝わる芸術家の血が流れていたのです。彼の生まれた環境からみていきましょう。

 

ドイツのケルンに起源を持つ家系

英国でワイオン・ファミリーといえば、伝統的に彫金を生業とする家系として有名です。その起源をたどると、18世紀にケルンにおいて銀の売買を行っていたゲオルグ・ワイオンという人にたどりつきます。

ゲオルグ・ワイオンの3男ピーター・ジョージ・ワイオンは、ジョージ2世が君臨していた英国で彫金師として働き始めました。19世紀における英国の王立造幣局(ロイヤルミント)は、ピーター・ジョージ・ワイオンの子孫たちによって盛名をはせたといっても過言ではありません。

当時の英国は、ハノーヴァー家が王位を保持していました。ハノーヴァー家はドイツに起源をもつ貴族でしたから、ワイオン家もその例に倣って英国で一旗揚げようとした野心家だったのかもしれません。その情熱と才能が、数代あとのウィリアム・ワイオンに昇華したのでしょう。

 

ワイオン・ファミリーから2人の王立造幣局局長が誕生

遺伝子的に彫刻の技だけではなくデザイナーとしてのセンスもあったのか、ワイオン・ファミリーからは19世紀に2人の王立造幣局局長を輩出しています。

その1人は、1815年に造幣局局長となったトーマス・ワイオン。彼は、1809年から王室や英国に関連する重要なコインの鋳造の責任者として活躍しました。

もう1人が、本記事の主役であるウィリアム・ワイオンです。トーマス・ワイオンとは、従兄弟同士の関係でした。

 

ロイヤルアカデミーに学んだ真のエリート

ウィリアム・ワイオンは、同じく彫金師であった父のピーター・ワイオンから薫陶を受け、20代前半で故郷のバーミンガムから首都ロンドンに向かうのです。

そこで、彫刻の分野の大家ジョン・フラックスマンの作品に感銘を受け、さらにロイヤル・アカデミー・オブ・アーツに進学します。才能あるワイオン一族の中でもウィリアムの技能は突出していて、ローマ神話の女神ケレースを彫った作品でロイヤル・ソサエティ・オブ・アーツから金賞を授与されています。

まもなく王立造幣局でアシスタントとして働き始め、キャリアをスタートさせています。

 

繁栄する英国の栄光を最高の技でコインに!

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▲英国女王ヴィクトリアの肖像

 

国そのものに勢いがある時代には、あらゆる分野で優秀な人材が生まれるのでしょうか。

7つの海を制覇したといわれるイギリスに君臨していたのは、ヴィクトリア女王でした。ウィリアム・ワイオンも、その時代に活躍したコインデザイナーなのです。

 

ヴィクトリア女王の時代に活躍したウィリアム・ワイオン

ウィリアム・ワイオンが、英国王立造幣局局長に就任した時の王様は、ウィリアム4世でした。評判の悪かったハノーヴァー家の王家の時代ですが、「船乗り王」の異名を持つまじめなウィリアム4世によって治世は落ち着いていました。

そして、ウィリアム4世の跡を継いだのが「ヴィクトリア時代」を呼ばれる隆盛を築いたヴィクトリア女王です。つまり、ウィリアム・ワイオンはイギリスが上昇を続ける時代にその才能を発揮できるという運にも恵まれた天才であったといえるでしょう。

 

ウィリアム・ワイオンは33歳の若さで王立造幣局の局長に

ヴィクトリア女王は、1837年に18歳の若さで女王となります。いっぽう、ウィリアム・ワイオンも王立造幣局の局長という重職についたときには、33歳という若さ。1851年に56才で亡くなるまで、王立造幣局のかなめとして活躍し続けました。

それは、人間としても芸術家としても成熟する時期に、国際的にも唯一無二の存在となっていったイギリスの栄華をコインに刻むという、実に幸運な偶然が重なったことを意味しています。

 

世界で最も美しい金貨「ウナ・ライオン」の生みの親

若きヴィクトリア女王の治世のはじまりを記念して、1839年に発行されたのが「ウナ・ライオン」と呼ばれる金貨です(ヴィクトリア女王5ポンド金貨)。

「ウナ」というのは英国を擬人化したもので、このコインにおいてはもちろん若き君主ヴィクトリア女王を表象しています。ウナの横顔とともに、ラテン語で「VICTORIA D G BRITANNIARUM REGINA F D」と彫られています。「ヴィクトリア、神の恩恵により英国の女王としてまた信仰の守護者として君臨する」という感じでしょうか。

裏面には、英国を表象するライオンを連れた貴婦人が左向きに彫られています。発行年の1839年は「MDCCCXXXIX」とローマ数字で表記されて、さらに「DIRIGE DEUS GRESSUS MEOS」の文字が見えます。これは、「我が進む道は神のみが示す」という意味です。デザインも格言も美しいですね。

 

ウィリアム・ワイオンが生み出した芸術的なコインたち

20年余にわたって映えある英国の王立造幣局の長を務め続けたウィリアム・ワイオン。彼が生み出したコインの数々は、現在はコインコレクターたちの垂涎の的となっています。ウィリアム・ワイオンがこの世に送り出したコインには、どんな特徴があったのでしょうか。

 

巨匠ジョン・フラックスマンの流れを汲んだ新古典主義の作風と深い彫り

若き日のウィリアム・ワイオンは、父から直接彫刻の技術を伝授されたほか、当時の欧州においては新古典主義の第1人者といわれたジョン・フラックスマンの強い影響を受けました。荘重な格調が特徴であった新古典主義の作風は、強国イギリスのコインのデザインに完全に合致していたことはまがいありません。

また、コレクターたちを虜にするウィリアム・ワイオンの最大の特徴は、驚異的な彫りの深さと彫刻の技術にあるといわれています。世に彫刻家は多くとも、コインという小さな物体にバランスの取れたデザインを施す才能はそうそう簡単に育つものではないのです。

ウィリアム・ワイオンの技量は、コインのデザインと彫りをこの以上ないほど完璧に仕上げるレベルに達していたといえるでしょう。

 

ウィリアム・ワイオンの代表的なコインの数々

ウィリアム・ワイオンとヴィクトリア女王の関連は、1834年に生まれました。当時15歳であったヴィクトリア女王の横顔をコインに刻んだのを皮切りに、1837年には彼女が初めてロンドンのシティを訪問した記念コインもワイオンの手から生まれました。

もちろん、ヴィクトリア女王の先代であるウィリアム4世の時代にも美しいコインを残しています。とくに、1830年に発行されたウィリアム4世のコインや、海軍の勲章となったメダルが有名です。

ウィリアム・ワイオンは、死の直前まで歩みを止めませんでした。

1851年、彼が亡くなった年に開催されたロンドンの万博で授与されたメダルも、ウィリアム・ワイオンが手掛けています。

 

最後に

稀代のデザイナーといわれるウィリアム・ワイオン。英国が若きヴィクトリア女王を戴き興隆しようとした時代に活躍し、その栄華をコインに刻みました。優雅で荘重な作風、他の追随を許さない深い彫りは、いまも世界中のコレクターたちを虜にしています。英国コインらしい格調の高さは、ウィリアム・ワイオンの時代に最高潮に達したといって過言ではないでしょう。

 

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タグ: イギリスの歴史

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