メアリー2世とは?英国史上唯一の「共同統治」で大国にのし上げた女王

2020/8/3|著者: アンティークコインタイムズ編集部

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イギリス王室の歴史の中には、何人かの女王が存在します。いずれも、個性の強い女王が多い中で、17世紀に夫ウィリアム3世と共同統治をしたメアリー2世は、影が薄い存在です。しかし、政治家としての力量があったウィリアム3世の伴侶として、メアリー2世は縁の下の力持ちとしての役割を果たしました。長女らしくおっとりと温かな性格であったというメアリー2世は、イギリス国民にも愛された女王でした。そんなメアリー2世の生涯を追ってみましょう。

 

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メアリー2世の家族の不思議?叔父も父もカトリック、娘たちはプロテスタントに

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ジェームズ2世の家族の肖像。左端にいるのが幼少期のメアリー2世

 

メアリー2世が生まれたのは1662年。

17世紀のヨーロッパは、カトリックとプロテスタントというキリスト教会の2大勢力が政治とも密接に絡まり、抗争を続けていた時代です。

 

その世相を反映して、メアリー2世の家族も宗教の面においては複雑でした。しかもそれが、たちまち政治にも影響するのが王室の定めです。スコットランドの王からイングランドの王となったスチュアート家は、その過渡期に位置した王家でした。メアリー2世の父ジェームズ2世は、カトリック教徒であることを明確にしていました。しかし当時の英国は、プロテスタントの国家へとかじ取りをしていた時代。そのため、メアリー2世もプロテスタントの教育を受けて育ちます。

 

ジェームズ2世の最初の妻アン・ハイドは、イギリス貴族の娘でプロテスタント教徒でした(ただしのちにカトリックに改宗)。海外の王侯貴族から妻を迎えることが多かったイギリス王室ですが、当時のジェームズ2世はヨーク公。兄チャールズ2世に嫡子が生まれる可能性もあり、次男の気楽さでアン・ハイドと「できちゃった婚」をしています。結婚式も、非常に地味であったようです。このとき生まれた長子は、男の子でしたが早逝。その2年後に長女として誕生したのが、メアリー2世でした。

 

アン・ハイドは11年の結婚生活のあいだに8度も妊娠していますが、育ったのはメアリー2世と、1665年生まれのアンのみ。そして、最後のお産のあとにアン・ハイドは天然痘で亡くなってしまいました。その2年後、父ジェームズ2世は北イタリアの貴族の娘メアリー・オブ・モデナと再婚します。彼女はバリバリのカトリックであったため、イギリス国民の心はまずますジェームズ2世から離れていくことになりました。ちなみに、メアリー2世と義母メアリー・オブ・モデナの年齢差はわずか4歳。宗教観の相違だけにかかわらず、王家の家族関係は複雑であったことでしょう。

 

しかし、自身の宗教観はともかく、イギリス国民の思いを熟知していたメアリーの叔父チャールズ2世は、メアリーとアンという2人の姪をプロテスタントとして教育することにこだわり続けました。これが、メアリー2世を王位に導いた要因となったのです。



意に染まぬ政略結婚の果ては?

メアリー2世が10代半ばになるころ、結婚話が持ち上がりました。健在であった叔父チャールズ2世が姪の結婚相手として選んだのは、オランダ総督として名をはせていたオラニエ公ウィレム3世でした。ウィレム3世は、メアリー2世とは従兄弟同士。のちに、英国風にウィリアム3世と呼ばれることになる男性です。

 

2人のあいだには12歳の年の差がありましたが、これは政略結婚が多かった当時としては珍しいことではありません。それよりもメアリー2世の気が進まなかったのは、夫となる人の容姿でした。180㎝という長身のメアリー2世に対して、ウィリアム3世は10㎝以上も背が低く、お世辞にも美男とはいえませんでした。誕生前に父を失ったウィリアム3世は内向的で、女性との関係だけではなく同性との恋愛でも世間を騒がしていたのです。ティーンエイジャーであった目エアリー2世は、初めてこの夫の姿を見た時には嫌悪のあまり泣き出したというエピソードも残っています。

 

実際、結婚してまもなく、ウィリアム3世はメアリー2世の侍女に手を出して妻を嘆かせました。くわえて、メアリー2世は3度の流産を繰り返し、結局子どもをもうけることはできませんでした。母アン・ハイドも6人の子を失っていますし、妹のアン女王も17回も妊娠しながら成人した子はいなかったことを考えると、遺伝的に問題があったのかもしれません。

 

共同統治者としての夫妻

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長身で女王の風格に恵まれていたメアリー2世

 

長女らしくおおらかで温かな人柄であったと伝えられるメアリー2世は、結婚後は夫の本拠地であるオランダのハーグに住んでいました。

 

ところが、義母のメアリー・オブ・モデナが王子を出産したことで、状況は急変します。カトリックを信奉する王と王妃の間に生まれた王子はまちがいなくカトリックであり、英国民は大反発。結果起こったのが、名誉革命と呼ばれる事変です。

 

メアリー2世の父ジェームズ2世は、妻とその子供たちとともにフランスに亡命。軍を率いてイギリスに上陸した夫ウィリアム3世を追って、メアリ-2世もイギリス入りします。当初は、直系のメアリー2世単独の王位継承が求められていましたが、夫の強い希望でウィリアム3世とともに共同統治という形に落ち着きました。これは、後にも先にも例を見ない王家のありかたです。

 

父と夫のはざまで揺れたであろうメアリー2世ですが、イギリスでは不人気のウィリアム3世の伴侶として、大きな役割を果たしました。厳格で理解しにくいウィリアム3世と比べて、メアリー2世は非常に温和な性格で、慈善活動にも熱心。英国民のあいだで、その人気は高かったのです。

 

2人が同時に即位したころには、結婚生活も10年を超えていました。オランダ総督として、またイギリスの王として戦場に赴くことが多かったウィリアム3世の留守を、メアリー2世は立派に守ったと伝えられています。性格はともかく、政治家としては有能であった夫を常に立て続けたメアリー2世、まさに二人3脚で統治したといえるかもしれません。

 

メアリー2世の早すぎた死

しかし、メアリー2世の治世は長くは続きませんでした。

1694年、メアリー2世は天然痘に罹患、32歳で亡くなりました。夫のウィリアム3世は、良き伴侶の死に打ちひしがれたと伝えられています。欧州の列強国と互角に渡り合う手腕を持っていたウィリアム3世にとって、妻のメアリー2世はなにものにも代えがたい支えであったのでしょう。その意味で、メアリー2世は英国が超大国となる礎を築いたといっても過言ではありません。

 

メアリー2世を敬愛していた英国民の嘆きも深く、国会議員も総出でその葬儀に参加し若すぎる女王の死を悼みました。当時最も高名であった作曲家ヘンリー・パーセルは、メアリー2世の葬儀のために「メアリー2世の葬送」という美しい曲を残しています。荘厳で悲哀に満ちた響きは、当時の英国民の悲しみをそのまま表現したものであったに違いありません。

 

メアリー2世の死後は、ウィリアム3世の単独王位となりました。言い伝えでは、メアリー2世がそれを強く望んだといわれています。というのも、子どもがいなかったメアリー2世夫妻のあとは、妹のアンが継ぐことになっていました。しかし、姉妹の中は最悪で、メアリー2世の死の当時は絶交状態。とくに、ウィリアム3世が王配ではなく王として即位したことで、アンは自分の夫ジョージ・オブ・デンマークにも高い地位を求めたといわれています。これが、温和なメアリー2世を激怒させたのだとか。

 

容姿も正反対で、高身長ですらりとしたメアリー2世と比べて、妹のアンはぽっちゃりとした体型でした。なにもかもが対照的であった姉妹の確執は、メアリー2世の死まで続いたのです。

 

そして、このアン女王を最後に、スチュアート家は断絶することになります。

 

メアリー2世のコイン

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メアリー2世とウィリアム3世、イギリス史上唯一の共同統治をなし得た2人をモチーフにしたアンティークコインです。

表面には、メアリー2世とウィリアム3世の肖像が描かれており、裏面の中心にはウィリアム3世の出身であるオランダ、ナッサウ家の盾とイギリスの紋章が彫刻されています。

 

最後に

歴代の個性的な女王たちや野心家の夫の陰に隠れて、存在感が薄いメアリー2世。しかし彼女は、英国がカトリックからプロテスタントの国へとかじ取りをする時代に、大きな役割を果たした女王です。高身長で品格ある容姿、温和で慈愛に満ちた性格は、当時の英国民に大変人気がありました。惜しくも30代で亡くなりましたが、イギリス史上唯一の共同統治という事跡を残し、イギリスを大国に押し上げる布石を打ったといえるでしょう。

 

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タグ: イギリスの歴史

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