英国王ジョージ6世とは?「王冠を賭けた恋」の真相や世界大戦中の活動も

2020/7/30|著者: アンティークコインタイムズ編集部

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ジョージ6世は、英国の現女王エリザベス2世の父君です。本来ならば王になるはずのなかった立場から望まぬ即位をし、世界大戦中の激動の英国を支えた国王でした。

 

空襲を浴びるロンドンから離れず、市民たちとともに戦火の中で耐え抜いたジョージ6世は今でも英国民の敬愛の対象となっています。

 

幼少時には精神的に脆弱であったジョージ6世、かれは映画『英国王のスピーチ』でも注目されました。内気な王子から近代的な王へ、激動の時代を生きたジョージ6世の人生を追ってみましょう。

 

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華やかな兄の陰に隠れた幼少期

同名の王が多い海外の王室ですから、ジョージ6世と聞いてもピンとこない人が多いかもしれません。しかし、現イギリス国王「エリザベス2世」の父といえばわかりやすいと思います。

 

またジョージ6世は、近年話題になった映画『英国王のスピーチ』のモデルでもあります。世界大戦中の国王の重責、吃音という問題を抱えた王を描いた映画によって、生真面目なジョージ6世の姿をご覧になった方も多いのではないでしょうか。

 

ジョージ6世は、ヴィクトリア女王のひ孫にあたります。

 

父ジョージ5世は、ヴィクトリア女王の長男エドワード7世の次男でした。エドワード7世の長男が早逝したため、ジョージ5世が即位。ジョージ5世と妃メアリー・オブ・テックとの間には、即位前に5男1女が生まれました。

 

ジョージ6世は、この夫婦の次男です。フルネームは、アルバート・フレデリック・アーサー・ジョージ。家族からは、「バーティ」という愛称で呼ばれていました。

 

ちなみに、ジョージ6世が生まれた12月14日は、ヴィクトリア女王と琴瑟相和した王配アルバートの命日でもあります。そのため、当初はヴィクトリア女王はその誕生に不安を隠せなかったようです。しかし、夫の名前をとってバーティと呼ばれることになった王子は結局、ヴィクトリア女王のお気に入りとなりました。

 

生来、人をそらさない魅力を持っていた兄エドワード8世と比べると、次男のジョージ6世は内向的な性格でした。また、幼少時にはX脚や左利きを、厳格な父ジョージ5世に無理やり矯正されるという経験もありました。こうしたストレスから、ジョージ6世は8歳になることには吃音症になってしまうのです。

 

成人後のジョージ6世は、海軍兵学校に進み、第1次世界大戦に従軍しました。皇太子であった兄エドワード8世は前線から外されていたものの、ジョージ6世は激戦区に送られたと伝えられています。内気であっても勇敢さには欠けず、ジョージ6世は殊勲報告書に名前が載るほど活躍しました。

 

それでも、皇太子として注目を浴び人気も抜群の兄エドワード8世と比較すると、おとなしく目立たない次男という立場は変わらなかったのです。

 

幸福な結婚と望まぬ王位

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内気なジョージ6世がめずらしく自分の意思を押し通したのが、結婚でした。

1920年、ストラスモア伯爵の令嬢エリザベスと出会ったジョージ6世は、彼女に夢中になります。即求婚するものの断られ、婚約にこぎつけるまでに3年を要することになりました。

 

1923年に結婚した2人は、近代的な恋愛結婚の象徴とされて英国民から大いに祝福されました。海外から王族の妻を迎える風習があった英国王室内で、英国貴族から妃を迎えたことも英国民には好意的に映ったのです。2人のあいだには、エリザベス2世、マーガレットの2女が生まれて、結婚生活は幸福そのものでした。

 

それでも、ジョージ6世にとって吃音症は大きなコンプレックスとして残っていました。1925年に開催された大英帝国博覧会において、当時は一王子であったジョージ6世はスピーチを行います。しかし、結果は惨憺(さんたん)たるものでした。ここで奮起したジョージ6世は、スピーチセラピストのライオネル・ローグの指導のもと、吃音症を克服したのです。

 

1936年、国王ジョージ5世が死去します。

 

それに伴い、ジョージ6世の兄がエドワード8世として即位しました。しかしエドワード8世は、離婚歴のあるアメリカ人女性ウォリス・シンプソンと恋に落ち、結婚を望むようになります。「王冠を賭けた恋」と呼ばれるこの大騒動は、結局エドワード8世が退位することで決着がついたのです。

 

自信に王位がまわってくることなど想定していなかったジョージ6世は、この決定は困惑以外のなにものでもありませんでした。ジョージ5世には王子が多かったため、実際に他の王子を押す動きもあったようですが、ジョージ6世は1936年に王として即位します。エドワード8世即位から、1年もたたずに起った王位交代劇でした。



大戦中の未曽有の国難を国民とともに味わったジョージ6世

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ジョージ6世が即位してまもなく、ヨーロッパには暗雲が立ち込めるようになります。1939年には、第2次世界大戦が勃発。その開戦時には、吃音症を見事に克服したジョージ6世がラジオで国民に呼びかけ、士気を鼓舞したと伝えらえています。

 

ロンドンはその後、戦火に襲われることが多くなりました。しかしジョージ6世は、避難を勧める側近たちの言を受け入れず、終戦までロンドンに残って国民と苦しみをともにすることを選んだのです。それだけではありません。爆撃された場所を訪れて人々を慰問し、イギリス本国以外でもその統治下にある地も訪問し、英国部隊を励まし続けたのでした。

 

コンプレックスを抱えた地味な次男というイメージしかなかったジョージ6世は、こうした真摯な態度によって英国民の絶大な人気と信用を勝ち取ったのです。

 

しかし同時に、時代は大英帝国の衰退へと向かっていました。ジョージ6世の在世中、英国王とともに保持していた「インド皇帝」を失いました。1948年にはビルマとパレスチナ、1949年にはアイルランドも英国から独立します。国外にあった植民地の多くが、ジョージ6世の時代に独立していったのです。



戦時中の心労にむしばまれた晩年

戦後、ジョージ6世の健康状態は急速に悪化しました。戦時中のストレスが、その健康を蝕んだといわれています。ジョージ6世は王子がいなかったため、長女のエリザベスがそのあとを継ぐことは既定路線でした。

 

亡くなったのは1952年。死因は肺がんです。当時のイギリスの首相チャーチルは、ジョージ6世の葬儀に参加し、「勇者へ」と書かれた花束をささげたといわれています。

 

まじめに真摯に国王を務め、英国民に寄り添い続けたジョージ6世。家庭人としても、放埓な英国の王たちの中では抜きんでて誠実でした。そのスタイルは、長女のエリザベス2世に受け継がれています。

 

美男の王のコイン、女性にも大人気!

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エリザベス2世に端正な美貌を伝えたジョージ6世、彼も大変な美男の王として有名でした。美化されがちな肖像画ではなく、写真が主流となった時代にその姿を残しているジョージ6世、文句なしの美男ぶりです。

 

そのため、ジョージ6世が刻まれたコインは女性のコレクターのあいだでとくに人気が高いという特徴があります。コインの発行数も多いため、コインコレクター初心者にもおすすめ。

 

端正なジョージ6世の横顔はイギリス人彫刻師ハンフリー・パジットが、裏面にはイタリア人彫刻師ベネデット・ピストルッチがイギリスの守護聖人聖ジョージを彫っています。当代一といわれた2人の彫刻は美術品としても価値が高く、近年はその価値がうなぎ上りになっています。

 

まとめ

千両役者のように華やかな兄の陰に隠れて、王になることも期待していなかった内気なジョージ6世。

 

未曽有の国難の時代に英国民を支え、真摯に王としての務めを果たしました。その姿は「よき王」として、現在も英国民の尊崇の的になっています。ジョージ6世の長女であり現英国女王のエリザベス2世も、父の思いを継いでいることはまちがいないでしょう。

 

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タグ: イギリスの歴史

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